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緊急事態宣言

新型コロナウイルス感染拡大により、少林寺拳法の練習ができず、ブログがしばらく更新されていませんでした。当道院長より開祖講話のメールがありましたので掲載いたします。

皆さんは少林寺開創の動機と目的を読本で読まれたことがおありになるはずですが、読本には敗戦直後開祖が満州にあったソ連軍の日本人捕虜収容所で体験した事実を極々短い言葉でしか語られていません。ずっと後に指導者講習会で開祖が語ってくれた敗戦直後満州に取り残された日本人の体験した生々しい出来事を紹介させていただきます。 

(中略)私は戦争や内乱を何度か経験してこの目で見ていますが、いよいよ食えなくなったら、親子の関係もへったくれもないですよ。親を捨てる。子供を捨てる。私は国境から逃げ出したが子供を捨てた親をたくさん見ています。最初は連れて歩きよるわけです。ところが敵兵が近づいてくるというので隠れる。赤ん坊や幼児が「ギャーツ」とか声をだしたら見つかってしまう。一緒に隠れている他の奴らが「こら声を出すな、殺される」とすごむ。母親は子の口を押える。それでも声を出すから着物で必死に押える。気がついたら子は窒息して死んでいる。鉄橋を渡るときに、自分の子供を投げ込んだ母親も、私、何人か見てます。自分だけじゃない、一緒に逃げているみんなが襲撃されてやられるからというので、泣きながら子供を捨てた親もいれば、子供と一緒に飛び込んだのも、何人か見てます。親子でさえそうだから、他人同士だと、昨日までの隣人同士もへったくれもない、友達も上司もへったくれもない。いよいよギリギリのところに追い込まれた人間というのは、自分が生き残るためだったら、誰だろうと殺しますね。そのことを私は「少林寺拳法教範」の最初に、短い文章で書いた。敗戦の極限状態の中で、日本人が一体何をやったかって。まったくひどい状況だったけれども、中には自分だけじゃなくて、ほかの人のことも考えて行動した人もいました。その人の徳性といいますかね。要するに、自分だけが幸せになればよいという畜生みたいな人と、自分を犠牲にしてでも他の人のために役立とうとする人がいる。何がそうさせるのか。いろいろ議論はあるけれども、やっぱりその人の質の問題である。ということを私は見つけた。で、これが中国から引き揚げてきた私の実感で、この問題を何とかしたい、と。「人、人、人、すべては人の質にある」-少林寺拳法の原点です。

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